「また始まった(笑)」で済んでいるうちは、まだ平和なのかもしれない|低確率を考えすぎる人の話

深夜に考える

私は昔から、

少し考えすぎる。

クマ。
騒音。
補助錠。
車間距離。
闇バイト。
AI。
ムカデ。

家族には、

「また始まった(笑)」

とよく言われる。

こちらは結構真面目なのだが、
最近は私自身も、

“また始まってるな”

と思うようになった。

「低確率」と「起きない」は少し違う

私は昔から、

「確率は低い」

と、

「絶対起きない」

は、
少し違うと思っている。

だから、

車間距離。
補助錠。
備蓄。
避難経路。

みたいなことを、
つい考えてしまう。

最近は特に、

“普通に暮らしていた人”

が、
急にトラブルへ巻き込まれるニュースも多い。

だから私は、

「そんなこと考えすぎ」

と言われながら、

少しだけ、
備える側へ寄ってしまう。

最近、“静かに削られるもの”が気になる

昔はもっと、

不審者。
強盗。
災害。

みたいな、
分かりやすい危険ばかり考えていた。

でも最近は違う。

気になるのは、

騒音。
睡眠不足。
高齢化。
孤独。
ストレス。

みたいな、
じわじわ生活を削るものだ。

しかも、
外から見えにくい。

ここが少し怖い。

防犯より、「限界」のほうが怖くなってきた

最近、
ニュースを見るたび思う。

怖いのは、

“最初から危険な人”

より、

“普通の人が静かに限界を超える瞬間”

なのかもしれない。

私は以前、

「ここにもおったやん」と言われた、その後|ハンマー事件と“静かな限界”について考えた

「ここにもおったやん」と言われた、その後|ハンマー事件と“静かな限界”について考えた
福生のハンマー事件を見て、「騒音」「我慢」「限界」「減刑署名」という言葉が頭に残った。暴力を肯定したいわけではない。でも最近、「普通の人が静かに限界を超える怖さ」を考えてしまう。

という記事を書いた。

あの時も結局、

「人はどこで壊れるのか」

が、
気になっていた。

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「ここにもおったやん」と言われた、その後|ハンマー事件と“静かな限界”について考えた
助ける側が転ぶ時代
「誰も悪くない事故」が一番ややこしい
最近、車間距離を少し長めに取っている

家族には半分ネタ扱いされている

もちろん、
家族から見ると、
私はかなり面倒らしい。

ニュースを見るたび、

「また始まった(笑)」

と言われる。

しかも最近は、

「そろそろ分析始まるな」

みたいな空気まで出ている。

でも私は、

“原因”
を考え始めると、
止まらない。

結果があるなら、
条件がある。

条件があるなら、
再発もある。

そこを見始めると、
脳が勝手に動く。

「備えすぎ」くらいで、ちょうどいい時代なのかもしれない

最近は特に、

闇バイト。
高齢化。
AI。
詐欺。
監視。

全部、
生活へ近づいてきた。

だから私は最近、

“平和”
って、

「何も起きない」

ではなく、

「また始まった(笑)」

で済んでいる状態

なのかもしれない、
と思っている。

“生活の主導権”を静かに守りたい

私は別に、
不安だけで生きているわけではない。

むしろ、
かなり楽しんでいる側だと思う。

でも最近、

生活の主導権だけは、
静かに守っていたい

と思うようになった。

だから今日も私は、

補助錠。
ムカデ。
AI。
車間距離。

について考えながら、

家族に、

「また始まった(笑)」

と言われている。

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