以前、
庭で転倒した父を、
通りがかりの女性が助けてくれたことがあった。
でもその女性は、
父を起こした拍子に転倒し、
圧迫骨折になった。
父は無傷だった。
私はその時、
「助ける側も、
もう若くないんだ」
と思った。
昔の「助ける」は、もっと単純だった気がする
昔の私は、
- 倒れていたら助ける
- 荷物を持つ
- 支える
みたいなことを、
もっと単純に考えていた。
でも最近、
少し違う。
今は、
- 支えた側が腰を痛める
- 起こした側が転ぶ
- 介助側が先に疲れる
みたいなことが、
普通に起きる。
父を助けてくれた女性も、独居だった
しかもその女性は、
独り暮らしだった。
- スマホ
- 保険証
- マイナンバーカード
を全部首から下げていた。
家族には、
「先輩やん(笑)」
と言われた。
でも私は、
少し本気で、
「やっぱり大事なんだ」
と思った。
独りで倒れた時、
生活が止まらないようにしていたのだと思う。
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最近、「防犯」より体力のほうが気になる
昔の私は、
- 強盗
- バール
- さすまた
みたいな、
分かりやすい危険ばかり考えていた。
でも最近、
少し違う。
今気になるのは、
- 立ち上がれるか
- 支えられるか
- 走れるか
- 物を持てるか
みたいな、
生活能力だ。
私は以前、
子どもに、
「打点低っ(笑)」
と言われた。
昔ソフトボール部だったのに、
思ったより体が動かなかった。
その時も少し、
「一番怖いのは、
体力低下かもしれない」
と思った。
「助けてもらう側」になる日が来る
最近、
時々考える。
いつか私は、
- 支える側
ではなく、 - 支えられる側
になるのかもしれない。
しかも、
かなり静かに。
ある日突然ではなく、
- 忘れ物
- 段差
- 反応速度
- 判断
みたいな形で、
少しずつ。
私は最近、
「首からぶらさげなきゃ」
が口癖だ。
昔なら笑っていた側なのに。
だから最近、「急がない」を意識している
以前より、
- 無理に持たない
- 急いで起こさない
- 無理して支えない
を少し意識するようになった。
善意って、
勢いで動く。
でも加齢は、
勢いに追いつかない。
最近、
そんなことをよく考える。
まとめ|善意だけでは、体は支えきれないことがある
私は最近、
ニュースを見るたび少し考える。
生活って、
- 悪人
- 犯罪
- 強盗
だけじゃなく、
- 加齢
- 善意
- 疲労
- 体力低下
でも、
静かに崩れる。
だから今日も私は、
- 車間距離
- スマホ
- 保険
- 首からぶらさげる物
について考えている。
家族に、
「また始まった(笑)」
と言われながら。

