最近、
車間距離を少し長めに取るようになった。
昔はそこまで気にしていなかった。
でも最近、
ニュースを見るたび、
少し考える。
「事故」より、「突然」を考えるようになった
以前の私は、
- 飛び出し
- 信号無視
- あおり運転
みたいな、
“危険な人” を想像していた。
でも最近、
少し違う。
今気になるのは、
- 体調急変
- 判断遅れ
- 持病
- 加齢
- ブレーキ踏み間違い
みたいな、
「普通の人に起きる突然」だ。
「私は大丈夫」が一番難しい
以前、
父を助けてくれた女性がいた。
でもその女性は、
父を起こした拍子に転倒し、
圧迫骨折になった。
しかもその女性は、
パーキンソン病を抱えていた。
私は母に聞いた。
「運転は大丈夫なん?」
すると母は、
「本人は大丈夫って言ってる」
と言った。
その言葉が、
妙に頭に残っている。
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新潟のバス事故を見て、また考えた
最近の新潟のバス事故でも、
私は妙にそこが気になった。
もちろん、
病気の人を責めたいわけではない。
私だって最近、
- モノを置いてくる
- パスワードが怪しい
- 「首からぶらさげなきゃ」が口癖
みたいなことが増えている。
だから怖いのは、
「気づかないまま、
少しずつ判断がズレていくこと」
なのかもしれない。
車間距離って、「疑う」ためじゃない
私は最近、
少しだけ前の車との距離を空けている。
別に、
誰かを疑っているわけではない。
ただ、
- 急ブレーキ
- 体調急変
- 判断遅れ
- 操作ミス
は、
誰にでも起こり得る。
そして、
自分もいつか、
そっち側へ行く。
その感覚が、
最近少しある。
防犯より、「生活能力」のほうが気になっている
昔の私は、
もっと分かりやすい危険ばかり考えていた。
- 強盗
- 防犯
- バール
- さすまた
でも最近、
少し違う。
今気になっているのは、
- 動けるか
- 判断できるか
- 忘れてないか
- 間に合うか
みたいなことだ。
つまり私は、
危険人物を怖がっているというより、
「生活能力が静かに落ちていくこと」
を気にしている。
最近、「急がない」が少し増えた
以前より、
- 黄色信号
- 無理な右折
- 狭い合流
みたいな場面で、
少し待つようになった。
若い頃は、
「行ける」
と思っていた。
でも最近は、
「急がなくていいか」
のほうが増えた。
これが加齢なのか、
単なる慎重さなのか、
自分でもよく分からない。
まとめ|生活は、悪意なしでも崩れる
最近の私は、
ニュースを見るたび少し考える。
事故って、
悪意より、
- 疲労
- 思い込み
- 加齢
- 体調
で起きることのほうが、
多いのかもしれない。
だから今日も私は、
少しだけ車間距離を空けながら、
「自分もいつか、
“大丈夫” 側になるんだろうな」
と思っている。
家族に、
「また始まった(笑)」
と言われながら。

