最近、
運転しながら考えることがある。
「私は大丈夫」
って、
誰が判断するんだろう。
父を助けてくれた女性のこと
以前、
庭で転倒した父を、
通りすがりの女性が助けてくれたことがあった。
でもその女性は、
父を起こした拍子に転倒し、
圧迫骨折になった。
しかもその女性は、
パーキンソン病を抱えていた。
私はその時、
母に聞いた。
「パーキンソンって、
運転は大丈夫なん?」
すると母は、
「本人は大丈夫って言ってる」
と言った。
その言葉が、
妙に頭に残った。
関連記事
▶ 父を助けた女性が骨折した|善意だけでは済まないことを考えた
▶ 個人賠償責任保険は必要?|父の転倒事故で本気で調べた
新潟のバス事故のニュースを見て、また考えた
最近、
新潟のバス事故のニュースを見た。

報道では、
運転手に持病があったという話も出ていた。
私はそこで、
あの時の会話を思い出した。
もちろん、
病気がある人を責めたいわけではない。
実際、
私だって最近、
- モノを置いてくる
- パスワードが怪しい
- 「首からぶらさげなきゃ」が口癖
みたいなことが増えている。
だから怖いのは、
「気づかないまま、
少しずつ判断がズレること」
なのかもしれない。
「私は大丈夫」は、みんな思っている
たぶん、
高齢運転で一番難しいのはここだ。
「自分はまだ大丈夫」
という感覚。
でも実際には、
- 反応速度
- 判断
- 視野
- 疲労
- 体調
って、
かなり静かに変わる。
しかも、
毎日少しずつだから、
自分では分かりにくい。
私は最近、
それが少し怖い。
最近、車間距離を少し長くしている
だから最近、
私は少しだけ車間距離を空けるようになった。
別に、
誰かを疑っているわけではない。
ただ、
- 体調急変
- 加齢
- 操作ミス
- 判断遅れ
は、
誰にでも起こり得る。
そして、
自分もいつか、
そっち側へ行く。
その感覚がある。
「防犯」より「生活能力」が気になっている
昔の私は、
防犯ばかり気にしていた。
でも最近、
少し違う。
今気になっているのは、
- 動けるか
- 判断できるか
- 忘れてないか
- 迷惑をかけないか
みたいなことだ。
つまり私は、
「危険人物」を怖がっているというより、
「生活能力が静かに落ちていくこと」
を気にしているのかもしれない。
まとめ|いつか、自分も「大丈夫」と言う側になる
私は最近、
ニュースを見るたび少し考える。
- 運転
- 病気
- 加齢
- 判断力
全部、
突然壊れるというより、
静かにズレていく。
だから今日も、
少しだけ車間距離を空けながら、
「自分は本当に大丈夫か」
を考えている。
家族に、
「また始まった」
と言われながら。

