“普通学級だから大丈夫”ではない現実|最近、「静かに困っている子」をよく見る

社会の前提

私は塾で、
大学受験生に数学を教えている。

だから本来、

小学生や中学生とは、
ほとんど関わらない。

でも同じエリアで、

「明らかに算数が分からない子」

が増えている話を、
かなり聞くようになった。

しかも最近は、

そのための先生まで増えているらしい。

私は時々、

“普通学級にいる”

“普通に困っていない”

は、
全然違うんじゃないか

と思っている。

「普通学級だから大丈夫」という前提

昔は、

  • 普通学級
  • 支援学級

の線引きが、
もっと単純だった気がする。

でも最近は、

“グレー”

がかなり増えている。

しかも怖いのが、

静か。

暴れない。

問題行動も少ない。

だから、

“見過ごされる”。

私は最近、

“困ってるけど、
周囲が気づいてない子”

がかなり増えている気がしている。

「できている前提」で授業が進む

学校って、

基本的に、

  • 読める
  • 書ける
  • 集中できる
  • 話を理解できる

前提で進む。

でも実際には、

そこがかなり苦しい子もいる。

特に最近、

「なんとなく付いていけない」

子が増えている気がする。

しかも本人も、

“何が分からないか分からない”

ことがある。

“静かに止まり続ける”子がいる

昔は、

分かりやすく困る子が多かった。

でも最近は、

静か。

授業を止めない。

怒られない。

でも、

理解が積み上がらない。

算数が止まる。

文章が読めない。

説明が繋がらない。

私は時々、

“学校の中で、
静かに取り残されていく感じ”

を想像してしまう。

タクシーの電話で感じる“社会側のズレ”

実は最近、

タクシー会社の電話対応でも、
似た感覚がある。

例えば、

「予約ですか?今すぐですか?」

と聞く。

すると、

「予約です!10時10分!」

でも、
今10時。

つまり、

“今すぐ”

なんだけど、

そこが整理できない。

最初は、

高齢者だけだと思っていた。

でも最近、

若い人でも増えている。

私は時々、

“社会側が要求する理解力”
が、
かなり上がっている気がしている。

SNSは、“分からない側”にかなり厳しい

しかも今は、

分からないことを、
ゆっくり確認しにくい。

SNSでは、

  • なんで分からないの?
  • 常識でしょ
  • 調べろ

がかなり強い。

でも実際には、

“どこから分からないか”
を説明できない人もいる。

私は最近、

社会全体が、

“できる前提”

で進みすぎている気がしている。

「普通」の幅がかなり広がった

今の普通学級って、

かなり幅が広い。

昔なら、

別の支援が入っていたかもしれない子も、
普通学級にいる。

それ自体は悪いことではない。

でも一方で、

“普通”
の中で、
静かに苦しくなる子もいる。

私は最近、

“問題がない”

“困ってない”

を、
分けて考えないと危ない気がしている。

「誰も悪くない」のに、苦しい

これ、
かなり難しい。

先生も忙しい。

親も余裕がない。

子ども本人も説明できない。

だから、

誰も悪くない。

でも、

静かに止まり続ける。

私は最近、

こういう、

“音のしない困り方”

が、
一番見えにくい気がしている。

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まとめ|“普通”の中に、かなり幅がある

私は別に、

普通学級が悪いと言いたいわけではない。

でも最近、

“普通”
という言葉の中に、

かなり広い幅が入っている気がする。

そして今日も、

誰にも気づかれないまま、

静かに止まり続けている子がいるのかもしれない、

と思っている。

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